七 ドラえもんのポケットみたいに薬壷から色々ご利益 薬師如来

観世音菩薩や地蔵菩薩などと並んで、信仰の多い仏様が薬師如来でしょう。誰しも一度は聞いたことがあるお名前です。
読んで字の如く、薬の仏様です。
その薬とは、心や体の病に冒されたものに施す薬は当然ですが、それだけではなく、十二の大願をお持ちになり、衆生を救い、願いを叶えてくださるありがたい仏様です。

その十二のうち、一番目の「相好具足」と七番目の「除病安楽」が五体健全と病気平癒の願いを込めたものであり、薬師様が薬の仏様になった所以でありましょう。
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そしてその最後の十二番目は「荘具豊満」とあり、意味としては、総ての人を豊にして円満にする、現世の功徳を施される仏として説かれています。理屈抜きの現世利益の如来です。

お姿は、左手に瑠璃という宝石でできた「薬壺」を持たれ、右手は施無畏印か与願印を結ばれています。
施無畏印は「あなたの不安や恐怖の心を取り除きましょう」ということで、与願印は「あなたの願いが正しければ、必ずかなえてあげましょう。」という意味です。

そのお薬師さんの両脇には脇侍として日光菩薩・月光菩薩が安置されています。
薬師如来は、東方浄土の救世主ですからして、日も月も東から昇るということからです。
その他には、眷属【けんぞく・仏に随従する天部や神将】があられ、十二神将と七千夜叉がおられます。
一神将につき七千の夜叉がおられることになります。

一般には、人の煩悩は百八つあるといわれますが、この煩悩は、私どもの心の中にある自分勝手な考えを起こす基になり、その基から出る我が儘か八万四千なるということが示されています。
その煩悩を一つ一つ清め、正しい方向に向けるために夜叉がついておられるのです。
もう一つは、人の頭は、一日に八万四千回考えが巡るといわれ、それを良い方向に導くためについておられるともいわれています。

薬師信仰は、推古天皇と聖徳太子が、用明天皇の遺命によって造られた法隆寺金堂の薬師如来が初期で、盛んになるもは七世紀末頃、天武天皇により皇后の病気平癒のため、薬師寺が建立された頃になります。
そして皇室のみならず、庶民にも親しまれた仏様でした。

妙楽寺のご本尊も薬師如来であります。
毎日のように檀信徒の方々が参拝に訪れ、ご本尊にてを合わされています。
そのお姿を見ていますと、お顔は心から清浄な安らいだ面持ちをなされています。
これこそ信仰という意味での基本のお姿ではないでしょうか。

「仏様を心に念じ、そっとお手を合わされることで功徳を戴ける」

最近、それに疑問を抱く方が少なくありません。
そういった方々がよく言われるのは「功徳や利益が手を合わすことで戴けるというのは信じがたいです。手を合わせる前にしなければならないことが現実には多すぎます。また、やってみて功徳が見いだせないときに、住職さんは、多分修行が足りんだの、真剣にやっていない、心がこもっていないなどといわれるに違いない」と、こういった具合に話をされることが多いです。

その後も、自分の知識をはべらかして納得しようとしません。
この状態では戴けるものも戴けません。初めから頭で考え、否定していては始まりません。
とりあえず実行してみることが信仰だと思ってなりません。

信仰には頭デッカチの知識などいりません。是非を問う答えは、その後に残っているでしょうから。
確かに最近は、時の流れが速すぎる時代ですから、ゆっくり仏様に手を合わせる時間を持つことなど、現実には無理な感があります。

しかし、時間は自分で作るものであり、仏様はどこにでも現れて下さるのです。
安らいだ気持ちさえ持っていれば、場所・時間を問いません。

 

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