私たち一番身近で親しみのある仏様といえば、地蔵菩薩でありましょう。
地蔵盆でもわかるように、子供を守ってくださったり、道の辻には尊像が置かれ、世襲に親しまれています。

元来仏教において地蔵菩薩の功徳については、お釈迦様が御入滅五十六億七千万年後に、弥勒菩薩が衆生を救うために、この世に降りたたれるとされ、その間を「無佛時代」と説き、その間に釈迦如来のような最高完全なる指導者として世尊より依頼されたのが地蔵菩薩と説かれています。

地蔵菩薩の信仰は六地蔵で代表されますが、六という数は六道【天界・人界・修羅・畜生・餓鬼・地獄】を表し、延命・宝処・宝手・持地・宝印手・堅固意が六種の地蔵の化身です。

死者に六文銭を持たせるのは、六地蔵の賽銭を意味し、そして六道及び五獨悪世を選んで救済に当たるのです。

地蔵菩薩は名前の示すとおり、大地のように踏まれても屈することなく、重いも軽いも全て分け隔てなく受け入れ、生物や植物を生み出し、じっと我慢して万物を育てる大いなる慈悲心によって、生死を越えた世界で危険な処、寂しいところ、子供のような弱いものに対して力を貸し、無尽蔵の力を持った菩薩なのです。
そのお姿は、ほかの仏さんとは異なり、頭を剃髪した円頂形をしており、錫杖を持っています。
これは、いつでもどこでにでも往き、誰にでも救おうとする意味を持っており、このお姿は中世の男子の姿と似ているが故、後に子供の守り仏となっていくのでありましょう。
子供を守っていくということに関しては、今の時代はどうでしょう。
最近巷では、子供達の間で少しずつ人間同士のコミュニケーションが取りにくい環境にあると言われています。
ファミコンゲームや、今流行の「たまごっち」などの二次空間に対しての反応が多すぎるのではないでしょうか。
また、大人においても、通信メディアの発達でFAXやインターネット、パソコン通信で、その間に人を介せずにやり取りして、商品が手元に届くのです。
それらは、今の時代を生き抜いていくために必要なものであり、知識として必要でしょうが、その前に大人は、子供に対し教えなければならぬことがもっと基本的な処にあるように思います。

今、私たち大人たちは数値化した部分だけで、子供達を評価していないでしょうか。
無限の可能性を持った子供たちを大人が作ったプログラムの中だけで育てるのではなく、子供の尊い個々の人間性を尊重し、地蔵菩薩のような大きな慈悲心で、守り育てることが教えであり、大人の務めであるように思います。

それでこそ子供の尊厳が守れるのではないでしょうか。

 

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