観音菩薩は数ある仏様の中で、もっとも親しまれている菩薩様であり、
正式には「観世音菩薩」「観自在菩薩」と呼ばれ、
前者は「世間の様々な声を聞く」
後者は「観ずることが自在である」とし、優れた功徳を表すものです。

私たちを取り巻く悪事災難を除くことを御誓願されているのです。
従ってお姿を色々と変化され、時と場所を選ばずに出現され、衆生を救われるのです。

その変化観音の代表的なものは、十一面観音で、その多くのお顔は、東・西・南・北・東南・南西・西北・北東の八方と上・下、そして正面と合わせて十一面です。
あらゆる方向に顔を向けられ、迷う物を見逃すことのないようにしておられ、そのお顔は前三面は穏やかな相、左三面は怒りの相、右三面は牙をむき出しにされた相、後ろ一面は大笑いする相です。
人間は十人十色の性格を持っていますので、優しく言い聞かせて理解するものもあれば、厳しく叱りつけることが必要な人もいるために、様々な相をされているのです。
それと同様に千手観音が多くの手に、水瓶や宝珠・剣などの法具を持たれているのは、病に譬えるなら、内科に外科・歯科・眼科があるように観音菩薩においては、すべての人の悩みに即、対応し救済できるようにという慈悲の表れなのです。
慈悲というのは、言葉を分けて”抜苦・与楽”と説明されますが、
慈とは、衆生に対して喜びを与えてくれることで、
悲とは、衆生の悲しみや苦しみを除いてくれることです。
その意味においても観音菩薩という仏様は、あらゆる方法で人を救い、幸福に導こうとするため、現世利益を求める人々に、心の安らぎを与えてくれるのです。

また、昔にはキリシタン禁制時代に、その母親的な優しさになぞられ、信者は聖母マリヤの代わりに、マリヤ観音と呼ばれるキリストを抱いた像を造り祀ったという歴史も残っています。
観音菩薩は、すべてを優しく包み、導いてくれるのです。
手に持つ蓮華は、生きとし生けるものが、本来持っているはずの清らかな心を表しています。
人は長い時間を過ごすことによって、その玉のような心が曇ってきます。
その汚れを時折拭き取り、日常より菩薩の心境で、隣人や家族と接することが何より大切ではないでしょうか。

 

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