「三人寄れば文殊の知恵」と諺にもあるように、文殊菩薩は、頭脳明晰な仏様です。
正確には、文殊師利と呼ばれる釈迦十代弟子の一人で、知恵と弁舌を司る学問の菩薩です。
この世の知恵を説き、それを与える教典を左手に、迷いを断ち切る剣を右手に持ち、獅子に乗ってその威厳を象徴しています。
「唯摩経」の中には、文殊菩薩と唯摩居士との問答が書かれており、中国のインテリの人々にもてはやされ、水墨画などの主題となっています。

また、「華厳経」には、文殊は東北方にあるという一説があり、唐後期の頃から中国では、生身の文殊が五台山という霊山に住むと言われる信仰が盛んになりました。
文殊菩薩については、仏教用語に「般若」という語がありますが、それは強く、正しい知恵を意味し、尊い知恵・真実の知恵・仏恵と表されています。
密教教典で重要な「金剛頂経」に説かれています。大日・阿閃・宝生阿弥陀・不空成就の五如来と五つの仏の知恵と照らし合わせて、
一、悟りの世界全体を本質とする知恵
二、あらゆるものを映し出す知恵
三、あらゆるものを平等に知る知恵
四、あらゆるものを正しく観察する知恵
五、あらゆるものを正しく成し遂げる知恵
をそれぞれ表していると、密教では解釈しています。
文殊菩薩のもう一つの大きな流れは、九世紀以降の、文殊会の発達で、貧病者に布施する法会で、救済を徹底した慈悲行の実践であります。
昨今、世の中は情報化社会になり、ものを知る知識については、エキスパートではありますが、仏教で説くところの「般若の知恵」はどうでしょう。
ただ物知りになることより、正しいものを正しい知恵の目で見て判断し、尊い人生にいかに生かしていくかが大切なことと説くもので、教育においても知識を重んじて、自分の命の尊さ、人の命の尊さを考える”知恵”の教育が欠けているのではないでしょうか。
最近、新聞紙上を賑わしているのは、大人子供に関わらず、短絡的に人の命を奪い取り、平気で善人の顔をして逃亡するなど、平生には理解しがたい事件です。
ここでいう文殊の知恵とは、世の中に幸せを導く知恵であり、反省・感謝・恩恵の知恵が大切で、命の尊さを語っています。
知恵を持つことも大切でしょうが、逸れ一辺倒では人間として欠けるものが多いでしょう。
常に、こういった心持ちで日々を実践することは容易ではないし、理想ではありますが、人が人に施しを救う。
自分の利のみ追いかけずに、正しい知恵の目と心を持ち、それらを少しでも感じつつ生活を送ることは、現代人に必要不可欠な教えではないでしょうか。

 

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